静岡県浜松市のパーソンセンタードケアを目指す社会福祉法人ほなみ会が運営する特別養護老人ホーム「南風」です。
理念・方針
南風が目指すパーソン・センタード・ケア
私たちには「夢」があります。
それは「一人一人がその人らしく過ごすことができ、
ともに幸せを感じることのできる場所を作りたい。」ということです。
そんな老人ホームを築くため、わたしたちは「パーソン・センタード・ケア」を目指しています。
今までのケアの流れ
- 今日までのケアの方法
ケアの変遷 場所 処遇の方法 保護的モデル 精神科病院へ収容 施錠部屋・薬 医療的モデル 老人病院
老人ホーム身体的拘束・薬
見当識訓練社会的モデル 老人ホーム
老人保健施設
療養型病院ニーズの発見
レクリエーション
各種セラピーの導入
音楽・絵画・園芸
- これからのケアの方法
-
ケアの変遷 場所 処遇の方法 個別的モデル グループホーム
ユニットケア
小規模・地域密着型小集団・家族的関係
その人らしさの追求
役割や仲間づくり
個室・キッチン
ほんの少し前までは「認知症」という言葉はありませんでした。
痴呆症と呼ばれ「あの人はおかしくなった。」「何かに取り憑かれたみたいだ。」などと言われ、
専門家の間でも「呆けた人は危険な行動をする。」と考えられて精神科病院などに収容されてしまいました(保護的モデル)。
そのうえ収容施設の部屋は鉄格子に鍵をかけて管理するなど、その処遇は劣悪なものでした。
次の「医療的モデル」では、老人病院や老人ホームに場所を変えたものの、身体拘束や薬物拘束が当たり前のように行われていました。
このようなケアを少しでも改善しようと、各施設ではレクリエーションや各種セラピーを導入し、処遇の改善が図られてきました。
これが少し前の主流であった「社会的モデル」です。
「私たちには皆さんが喜ぶ、たくさんのプログラムの用意があります。」などと各施設が工夫を凝らしていたのは最近のことです。
しかし、そこでの暮らしにはお年寄りの笑顔は見られませんでした。
「さあ!今から風船バレーの時間ですよ。」「火曜日は散歩の時間です。準備して下さいよ。」と言われ、
お年寄りはレクリエーションルームに連れて行かれます。
あるお年寄りが「私は一人でゆったりと過ごしたいの。今日は参加しないわ。」と話すと、
職員は「なんで、こんなに楽しいプログラムを準備しているのに参加しないの?なんで一緒に楽しもうと努力しないの?
わたしたちはこんなに頑張っているのに!」と詰め寄ります。
これは施設の都合であり、職員の都合であり、決してお年寄りの「今の気持ち」が尊重されていたとはいえないものでした。
そして、今こそケアのモデルは大きく変わろうとしています。それが「個別的モデル」です。ユニットケアが主流となり、小集団、家庭らしさなどが取り入れられ、入居者の役割を創出し、その人らしい生活が送れるような支援方法に変化しています。
これまでの施設 | これからの施設 | |
---|---|---|
大きな目標 | 入居者がトラブルを起こさないように管理する。 | 一人ひとりが「その人らしく」暮らせるようにお手伝いをする。 |
集団の規模 | 大集団(50~100人以上) | 小集団(10人前後) |
処遇・援助 | 集団的・一律的ケア | 個別的ケア |
援助の主眼 | 入居者の病気や障害に注目する | 入居者の能力や可能性に注目する |
組織の形態 | 上司が決めて部下が従う | 現場職員の決定を上司が支持する |
日課・活動 | 施設・職員が決める(固定的) | 一人ひとりがその場で決める(流動的) |
職員配置 | ローテーション | いつも同じ職員が接する(固定的) |
居室 | 大部屋(4人)中心 | 個室中心 |
所持品 | 持ち込み制限・禁止 | 持ち込み自由(冷蔵庫にお酒・仏壇) |
役割・参加 | 役割がない⇒孤独、退屈、無為 | 役割の提供と仲間づくり⇒共同体意識 |
食事 | 決められた時間と食事内容 | 好きなときに好きなものを食べる |
職員と家族 | 警戒、疑い、対立的関係 | 家族も職員もケアパートナー(協力的) |
パーソン・センタード・ケアの導入 |
その人らしい生活が送れるような支援とは何か…。
わたしたちはパーソン・センタード・ケアにこそ、
そのヒントがあると信じています。
パーソン・センタード・ケアとは
学問的な内容を知りたい方は「パーソン・センタード・ケア」と検索してください。
ここでは「南風が目指すパーソン・センタード・ケア」をお話しさせていただきます。
想像してください。今日、老人ホームに新しいお年寄りがやってきました。
そのお年寄りは一人で窓の外をじっと眺めています。
中央の大きなテーブルにはお年寄りや職員が集まり、何やら楽しげに話をしています。
誰かの若い頃の写真を皆で見ているようです。
あなたならどうしますか?
今日入ってきたばかりだから仕方がないと、そっと一人にしておきますか?
「さあ!あなたもこちらに来てください!」と楽しい輪の中に誘いますか?
それとも黙って、じっと傍に寄り添いますか?
高齢者ケアの仕事に携わる私たちは、日々この選択の繰り返しなのです。
南風が目指すパーソン・センタード・ケアでは、その選択肢の全てが正解であり、不正解でもあります。
なぜなら、そのお年寄りに聞いてみないと、本当の正解は分からないからです。
そのお年寄りは中庭に咲いている綺麗な一輪の花を見て楽しんでいるのかもしれません。
あるいは、遅れて荷物を持ってくる家族を待っているだけかもしれません。
内向的な性格で、初日から大勢の人と触れ合う事は苦痛なのかもしれません。
「その人らしく」生きられる支援をするということは極々当たり前のことです。
しかしながら、集団生活をしている老人ホームという場所では難しいことなのかもしれません。
集団生活というのは非常に複雑です。老人ホームは一つの社会であり、人と人との微妙なバランスの上で成り立っているからです。
人は人に何かを与えると、与えられた人はお返しをすることで人間関係のバランスを保とうとします。
思いやりに対しては「ありがとう」と感謝を述べます。
給料に対しては労働で返します。お世話になれば食事を奢ります。
しかし、例えば頂いたお中元の「お返し」を忘れてしまった場合、相手にどの様に釈明するべきかと、
たいへん不安な気持ちになるものです。
集団の中では、持ちつ持たれつの関係が必ず存在します。
わたしたちは幸せなことに、人の恩恵に預かり、そして「お返しをする」ことができます。
それが私たちの社会なのです。
しかし、老人ホームの中では少し様子が違います。
自分の孫のような職員に身体を洗ってもらっているお年寄りには「お返しをする」手段がありません。
お金を渡そうとしても、「ありがとね。ちゃんと利用料を払っているのだから気にしないでね。」と言われます。
忙しそうな職員に代わり、他のお年寄りの車イスを押してあげても、「転んだらどうするの!」と怒られます。
徐々に老人ホームという一つの社会の中で、与えられるばかりの存在になっていきます。
集団の中で「役割」がないということは、「孤立」を意味します。これは、とてもつらいことです。
私たちは老人ホームで生活するお年寄りの「お返しをする」手段を創り出し、健全な社会づくりをすることで、
「その人らしく」生きられる支援につながると信じています。
昔呉服屋を営んでいたお年寄りの前で振袖を広げます。「もう来週成人式なのに、着付けができなくて…。」と話せば、
「もう昔のことだから忘れてしまったよ。」と言いながら、私たちが知らない道具の名前を教えてくれ、着付けの方法を話してくれます。
「皮むき器が壊れていしまったの。だれか包丁でじゃがいもの皮を剥いてくれないかしら。」と話せば、
「昔は包丁でやったもんだよ。」とみんなが集まってきます。
「お蔭さまで、いい成人式を迎えることができました!」と晴れ着姿を見せれば、お年寄りも涙を浮かべて喜んでくれることでしょう。
「よかった!みんなの夕食に肉じゃがが間に合いました!これからも手伝ってくださいね!」とテーブルに料理を並べれば、
自分の存在価値を見出すことができるかもしれません。
きっと、「わたしでも役に立てる。ここでなら、みんなが認めてくれる。」と安心できる生活が送れ
「わたしらしく生きていける!」と感じてくれるに違いありません。
しかし、本当に「その人らしく」生きられるように支援するパーソン・センタード・ケアを実現するためには、
今の仕組みをもう少し変えなくてはなりません。
南風の取り組み
まずは南風で暮らすお年寄りの生活を変えなければなりません。
穏やかな天気のいい朝に、一人のお年寄りがつぶやきます。「こんな日に散歩に行けたら、どんなに幸せだろう…」と。
心の優しい職員は、「もしよろしければ私と一緒に行きませんか?」と声をかけます。
お年寄りの顔からは笑顔がこぼれます。これこそがパーソン・センタード・ケアです。
しかし、今までの老人ホームはこのあとに問題があります。
「ちょっと待っていて下さい。上司に外出する許可を得てきます。」と職員は稟議書を書き始めます。
その書類は主任に渡り、施設長、事務長、理事長の印が押され、書類が戻ってくる頃には、もうおやつの時間です。
「さあ!午後も良い天気ですよ。散歩に出かけましょう!」と職員が声をかけても、
「色々と苦労させてごめんね。もういいの。」とお年寄りは、もう散歩の気分ではありません。
これでは、どんなに心の優しい職員がいても、南風が目指すパーソン・センタード・ケアはできません。
次に、組織のあり方を変える必要があります。
日本の組織のほとんどはピラミッド型です。社会福祉法人でいえば、理事長を頂点に、事務長や施設長、課長や主任、リーダー、そして一般の介護職員。おおよそは最下層に入所者が位置づけられる事になるでしょう。
これは、「指示、命令、許可」の仕組みです。これでは、南風が目指すパーソン・センタード・ケアは実現できません。私たちはこのヒエラルキーを逆転させました。
そうすることで、お年寄りを一番よく知る介護職員の判断を「フォロー、支持」する仕組み作りが可能となるのです。
また、スタッフの働き方も変えなくてはなりません。
職員も「その人らしく」働くことができなければ、お年寄りを「その人らしく」生きられるように支援することはできません。どの施設も「お年寄りを第一に考え、最高のケアする!」と理念に掲げています。
どの職員が一番丁寧なケアを提供しているか、経営者は入所者や家族にアンケートを取ります。
とても立派な事ですが、それでは職員が疲弊してしまいます。
私たちは職員を成果主義に基づいた評価、査定をしません。
お年寄りに優しく接することが得意な職員もいます。
落ち込んでいる職員を、勇気づける職員もいます。
介護技術が熟練している職員もいます。
クリエイティブな仕事が得意な職員もいます。
それぞれが頑張っているのに査定することはできません。
わたしたちはチームで仕事をしています。
その職員が得意なことは、きっとチームの大きな力になるはずです。自分の得意なことが人の役に立ち、役割ができ、そしてチームから評価されて初めて「その人らしく」働ける環境になるのです。
お年寄りも職員も「その人らしく」生きる事ができて、南風が目指す理想郷となるのです。
最後に、この理想郷に賛同して頂いている入居者を始め、その家族や、地域、ボランティアの皆様のご協力に心から感謝いたします。南風のロゴマーク、四葉のクローバーには、「お年寄り」「家族」「職員」「地域・ボランティア」の意味があり、4枚が揃って南風を形成しています。「この小さな共同体が施設の壁を超えて、どこまでも広がっていきますように。」そんな思いをこのマークに託しています。